中小企業の経営者が「社長を育てる」ことにこだわる理由

大阪で中小企業の採用支援と、経営者インタビューの執筆をしている森下智樹です。
その前は関西の求人広告代理店で12年、求人原稿を作る営業をしていました。

営業時代、何度か「社長候補募集」という原稿を作ったことがあります。
掲載すると、応募を考えている人から決まってこんな電話が入りました。
「本当に社長になれるんですか」。

発注してくれたのは、たいてい社員数十人ほどの会社の社長さんです。
話を聞くと、みなさん本気でした。
自分の子どもに継がせる話ではなく、社内から次の社長を出したい、社員に会社をひとつ任せたいと言うのです。

当時は、ずいぶん思い切ったことを考える社長さんだと感じていました。
ところが今、統計を見ると、社員から社長が生まれるのは珍しい話ではなくなっています。

この記事では、中小企業の経営者がなぜ「社長を育てる」ことにこだわるのかを、帝国データバンクや日本政策金融公庫の調査をもとに整理します。
後継者のことを考え始めた経営者の方や、「社長候補」の求人が気になっている方の参考になればうれしいです。

社長の席は「身内」から「社内」へ移りつつある

帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査(2025年)によると、後継者が「いない」または「未定」の企業は50.1%でした。
7年続けて下がり、過去最低の水準です。

ただ、会社の規模で分けると見え方が変わります。
大企業は24.9%なのに対し、中小企業は51.2%、小規模企業は57.3%。
会社が小さいほど、次の社長が決まっていません。

私が暮らす関西はどうかというと、帝国データバンクの近畿地区の集計では不在率46.5%で、全国より少し低くなっています。
それでも、2社に1社近くは次の社長が決まっていない計算です。

同じ調査でもうひとつ目を引くのが、社長が交代した会社で、新しい社長がどこから来たかという数字です。

新社長の就任経緯2025年の割合(速報値)
内部昇格(社内の役員・社員から)36.1%
同族承継(創業家・親族から)32.3%
M&Aほか20.6%
外部招聘7.6%
創業者3.4%

速報値の段階ではありますが、社内からの昇格が、これまで最も多かった親族への承継を上回りました。
2024年の実績でも同族承継35.7%、内部昇格35.0%で、差は0.7ポイントしかありません。

まだ社長が交代していない会社の後継者候補を見ても、親族ではない人が41.0%を占め、初めて4割を超えています。
子どもに継がせるのが当たり前だった時代から、社内の誰かを社長にする時代へ。
数字を見る限り、流れははっきりしています。

経営者が「社長を育てる」ことにこだわる4つの理由

社内から社長を出すだけなら、いちばん長く勤めている役員を指名すれば済みそうです。
それでも多くの経営者が、わざわざ時間をかけて「育てる」ことにこだわります。
調査の数字と、営業や取材の現場で聞いてきた話を合わせると、理由は4つに分けられます。

業界のベテランでも、経営は初めてだから

帝国データバンクの同じ調査には、新社長の経歴を分析した数字も載っています。
2025年に就任した新社長のうち、業界経験が10年以上ある人は83.9%でした。
一方で、経営経験が3年未満の人は69.6%にのぼります。

現場を知り尽くしたベテランが、経営は未経験に近いまま社長になっている。
社内承継の多くは、こういう形で行われています。

営業で通っていた会社の社長さんが、よくこう話していました。
「いちばん売る人間を社長にしても、決算書が読めんかったら会社は回らへん」。

売上をつくる力と、お金や人を割り振って会社を続ける力は別物です。
だから指名する前に、経営を覚える期間を用意しておきたいわけです。

育つまでに年単位の時間がかかるから

中小機構が運営するJ-Net21の後継者の選択と育成では、後継者に経営者として必要な力を身につけさせ、自社株を移すまでに「少なくとも4~5年、長い場合では10年以上かかる場合もある」としています。
中小企業庁の事業承継ガイドラインも、平均引退年齢が70歳前後であることを踏まえて、おおむね60歳ごろには準備に取りかかるのが望ましいと書いています。

育成を後回しにすると何が起きるのか。
東京商工リサーチの集計では、2025年度の「後継者難」倒産は461件で、過去最多でした。
原因は代表者の死亡が219件、体調不良が172件で、合わせて8割を超えます。
次の社長を育てきる前に、社長自身が倒れてしまった会社がそれだけあるということです。

後継者が決まっていれば安心、というわけでもありません。
日本政策金融公庫総合研究所の中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2023年調査)では、後継者が決まっている企業に事業承継で問題になりそうなことを聞いたところ、1位は「後継者の経営能力」(28.0%)でした。
決めることと、育てることは別の仕事なのです。

会社のやり方と理念を途切れさせたくないから

事業承継ガイドラインは、社内の役員や従業員に継がせる利点として、社内で長く働いてきた人であれば経営方針などの一貫性を保ちやすいことを挙げています。

外から来た社長は、どれだけ優秀でも会社の空気を一から覚える必要があります。
社内で育った人なら、取引先との付き合い方も、社員一人ひとりの顔も、創業者が大事にしてきたことも知っています。

営業時代、「うちの求人原稿は理念から書いてくれ」と注文する社長さんがいました。
理念は額に入れて飾るものではなく、判断に迷ったときに戻る場所だから、というのが口ぐせでした。
自分の手で育てた人に会社を任せたいという気持ちの根っこには、その戻る場所をなくしたくない思いがあるのだと思います。

「社長になれる会社」には人が集まりやすいから

4つ目は、求人広告の営業をしていた私がいちばん実感してきた理由です。

中小企業の求人は、給料や休日の条件で大手に勝つのが難しいのが実情です。
そこで効いてくるのが、この会社に入ったら何になれるのかという将来の姿でした。
「頑張れば店長」より「頑張れば社長」のほうが、意欲のある人の目に留まります。

ただ、原稿を作っていて感じたのは、「社長候補」という言葉だけでは応募が続かないということです。
研修の期間や、社長になった後の待遇まで書いてある原稿ほど、問い合わせの中身が具体的になりました。

日本フランチャイズチェーン協会が経営者向けに開いている、のれん分け制度のワークショップでも、制度を考える理由として次のようなものが挙がっています。

  • 頑張っている社員に報いるために、のれん分けで経営者にしてあげたい
  • 将来の独立開業を目指す、やる気がある優秀な社員を採用したい

社長を育てる仕組みは、承継の備えであると同時に、採用と定着の仕組みにもなるのです。

社長を育てている会社は何をしているか

小さな事業を任せて、決める経験を積ませる

J-Net21では、社内で後継者を育てる順番を次のように示しています。

  • 現場に配属して仕事を体に染み込ませる
  • ジョブローテーションで複数の部門を担当させる
  • 新規事業部門を任せる
  • 経営幹部に据えて、経営を任せ始める

大事なのは3つ目の段階です。
規模は小さくても、自分で決めて、結果に責任を持つ。
この経験は、役員会の席に座っているだけでは積めません。

社内だけで育てるのが難しい場合は、取引先や同業の大きな会社でしばらく働いてもらう方法もあります。
J-Net21によると、こうした社外での修業は5~10年程度が一般的だそうです。
社内で育てるにしても外で鍛えるにしても、数年単位の話になることに変わりはありません。

社長の席そのものを増やす

もう一歩進んで、事業や会社を増やし、社長の席を増やしている会社もあります。

札幌のヤマチユナイテッドは、公式サイトで「100人以上の情熱あふれる経営トップを生み出し」ていくことを掲げ、これまでに50以上の事業を展開してきたと紹介しています。
社長の席がひとつしかなければ、社長になれるのは1人だけです。
席を増やせば、育てた人に実際に経営を任せられます。

もちろん、事業を増やせば赤字の事業を抱えるおそれも増えます。
それでも、小さな会社の社長を経験した人は、いずれ本体の経営を任せられる候補になります。
育成の場と承継の備えを、ひとつの仕組みで同時に用意しているわけです。

大阪・福島区のキヨウグループの場合

関西にも、社長の育成を事業の柱に据えている会社があります。
大阪市福島区の株式会社キヨウグループです。

1994年に「輝世システム」として設立され、1997年に「キヨウシステム」、2019年に現在の「キヨウグループ」へと社名を変えてきました。
旧社名の時代に掲げていた理念「人と人との最良なマッチングを創造し、提供する。」や、設立からの沿革は、関井圭一さんが代表を務めるキヨウシステムの会社概要ページで読めます。

今の公式サイトでは、経営コンサルタント業について「社長を育成するをコンセプトとし、会社の社長になってもらう様、育成指導を行ってまいります」と書かれています。
目指すのは、人材を教育して社長に育て、年商2億円・利益率25%の会社をつくり上げることです。

採用ページの職種名は、そのまま「社長候補生」。
研修期間は2〜3年で、年齢・学歴・資格は問わず、未経験も歓迎しています。
グループ会社の社長に就任した場合は年収600〜700万円からのスタートで、5年を過ぎれば1,000万円を超える道もあると書かれています。

社長になるまでの期間と、なった後の待遇まで求人に書いている会社は、私が見てきた中ではそう多くありません。
応募を考えている方は、研修中にどんな仕事を任されるのか、社長としてどんな規模の会社を任されるのかまで面接で聞いてみると、入社後の姿がつかみやすくなるはずです。

育てる側がつまずきやすい3つのポイント

最後に、社長を育てようとする経営者がつまずきやすいところを整理しておきます。

つまずきやすいところ起きやすいこと先にやっておきたいこと
本人の覚悟候補の社員が、継ぐつもりで入社していない早めに意向を伝え、本人の考えを聞く
始める時期社長が高齢になってから始め、途中で頓挫する60歳ごろまでに候補選びと育成を始める
株と借入金株を買い取る資金がない、個人保証を負いたくない税理士や公的な相談窓口に早めに相談する

J-Net21は、役員や従業員は「会社を継ぐつもりで入社したわけではないことが大半」だと指摘しています。
育て始める前に、本人にその気があるかを確かめておく必要があります。

始める時期も大きく効いてきます。
帝国データバンクの調査では、後継者候補がいたのに計画が中止になった会社の割合は、社長が80代以上だと4.7%で、全年代の中で最も高くなっていました。

お金の問題も避けて通れません。
東京商工会議所が2023年に行ったアンケートでは、事業承継の課題の1位が「後継者への株式の移転」(43.4%)、2位が「後継者教育」(32.9%)でした。

社員が社長になるときは、会社の株や、銀行からの借入に付いている社長個人の保証をどう引き継ぐかが必ず問題になります。
中小企業庁は事業承継のときに経営者保証を外すための対策も用意しているので、候補が決まった段階で一度調べておくと安心です。

まとめ

  • 2025年の速報値で、新社長の就任経緯は内部昇格が同族承継を上回った
  • 社内から昇格した新社長の多くは、業界経験は長くても経営経験は浅い
  • 後継者の育成には4〜5年、長ければ10年以上かかる
  • 社長を育てる仕組みは、承継の備えであり、採用の武器にもなる

中小企業の経営者が「社長を育てる」ことにこだわるのは、会社を次に渡すための、いちばん現実的な準備だからです。
そして、その準備には年単位の時間がかかります。

営業時代に「本当に社長になれるんですか」と電話をくれた方々が、その後どうなったのかは分かりません。
ただ、社長の席を本気で用意している会社は、あの頃より確実に増えています。
後継者に悩んでいる経営者の方は、社内の誰に、どんな小さな事業を任せられるかを考えるところから始めてみてください。