地理空間情報(GIS)業界の仕事、知られざる現場をのぞいてみた

人事コンサルタントの篠田千夏です。普段は障害者雇用や特例子会社、ダイバーシティ経営をテーマに、企業の現場を取材して回っています。生命保険会社の人事部に10年在籍したあと独立し、屋号「インクルワークス」で活動を始めて5年目。「制度や数字より、現場で働く人の物語に光を当てたい」というのが私のずっと変わらない動機です。

その私が、ここ1年ほど集中して取材しているのが、実は地理空間情報、いわゆる「GIS(ジーアイエス)」と呼ばれる業界です。きっかけは単純で、ある特例子会社の取材に行ったら、社員のみなさんが行政の地図データを黙々と扱っていて、私はその仕事の中身を全くと言っていいほど知らなかった。これはまずいと思って勉強し始めたら、想像していたよりずっと深く、社会の土台を支える業界でした。

この記事では、人事の人間がGIS業界の現場をのぞいてみたら何が見えたのか、その記録をお伝えします。地理空間情報やGISという言葉に聞きなれない方、業界としての顔をあまりイメージできない方、それからこの業界で働くことに興味のある方に読んでいただきたい内容です。

そもそも「地理空間情報(GIS)」とは何なのか

業界の話に入る前に、GISという言葉を整理しておきます。私自身、最初は「地図のシステム?」くらいの理解で、現場の方の話についていけずに恥ずかしい思いをしました。

地図に「情報」を重ねるしくみ

GISとは、Geographic Information System(地理情報システム)の略です。簡単に言うと、地図の上に「いつ・どこで・何が」という情報を重ね合わせて、可視化したり分析したりするしくみです。

たとえば道路の上に「いつ補修したか」「次の点検はいつか」という情報をひも付ければ、自治体の道路台帳が一気に立体化されます。下水道の管路に「直径」「埋設年」「材質」をつなげれば、老朽化リスクの高い箇所を一目で把握できる。位置情報という縦軸と、属性情報という横軸を組み合わせて意思決定に使う、それがGISです。

この仕組みは、もはやニッチな技術ではありません。市場調査会社の予測では、世界の地理情報システム市場は2026年に169億米ドル前後にまで成長する見通しで、運輸・物流、都市計画、農業、防災などあらゆる産業に浸透しています。

国の制度として位置づけられた基幹インフラ

GISの位置づけがよくわかるのが、国の基本計画です。日本では「地理空間情報活用推進基本法」(平成19年成立)に基づいて、政府が「地理空間情報活用推進基本計画」を策定しています。現在は令和4年3月に閣議決定された第4期計画が走っており、誰もが地理空間情報を活用できる社会の実現が国家戦略として明示されています。

詳しくは国土地理院の「地理空間情報活用推進基本法・基本計画とは」のページが体系的にまとめてくれていて、私もこのページを何度も読み返しました。GISは「あったら便利」のレベルを超えて、国が責任をもって整備・推進する社会インフラに格上げされている、という事実は知っておいて損がありません。

想像以上に幅広いGIS業界の仕事

ここからが、私が取材してびっくりしたパートです。GIS業界の仕事は「パソコンの前で地図を描いている」みたいなイメージで括れるものではありませんでした。大きく分けると、次の4つの領域があります。

仕事の領域主な業務内容主な勤務スタイル
フィールド調査・測量空中写真測量、GPS測量、現地調査、ドローン撮影外勤中心、現場移動あり
データ作成・入力紙図面のデジタイズ、属性情報入力、データ変換内勤中心、座り作業
システム開発行政業務支援システムやGISソフトの開発・運用内勤、エンジニア職
マップ製作観光マップ・防災マップ・福祉マップなどの設計と印刷内勤、デザイン要素強め

それぞれの仕事に必要なスキルも、向いている人のタイプも、まったく異なります。順に見ていきます。

フィールドで「測る」仕事

GISのいちばん上流にあるのが、現地で実際に「測る」仕事です。空中写真を撮るための航空機やドローンを飛ばし、地上ではGPS測量機を据えて基準点を確認する。最近はi-Construction政策の追い風もあって、ドローンを使った三次元測量が公共工事の標準的な手法になりつつあります。

国内のドローン市場全体は、2024年度時点で約5,000億円規模。そのうち土木・建築分野での活用は2030年度には619億円規模まで広がる見通しで、測量現場の景色が10年前とは別物になってきています。体力と機械操作の正確さ、安全管理の厳しさが要求される仕事です。

オフィスで「描く・入力する」仕事

測ったデータや既存の紙の図面を、GISソフト上にデジタル化していく仕事です。業界用語では「デジタイズ」「ベクター化」などと呼びます。

具体的には、こんな作業が含まれます。

  • 紙の都市計画図をスキャンしてGIS上に表示し、なぞって線データに変換する
  • 道路台帳の付属情報(幅員、舗装年、街路樹の本数など)を1件ずつ入力していく
  • CADで描かれた図面を、GISで扱える形式に変換する
  • 自治体の固定資産台帳をGIS上に配置し、地番ごとの情報を結びつける

地味に聞こえるかもしれませんが、ここの精度がそのままシステム全体の信頼性を決めます。1ピクセルずれていたら何メートルのずれになるか、属性の入力ミスが1つあれば現場の意思決定がどう狂うか、をずっと意識し続ける仕事です。集中力と几帳面さが大きな武器になります。

「使えるシステムにする」開発の仕事

データが整っても、現場の職員が使えなければ意味がありません。そこを担うのがシステム開発の領域です。自治体向けの行政業務支援システム、防災情報を市民向けに発信する公開サイト、上下水道の管路情報を職員がタブレットで閲覧するシステムなど、用途は多岐にわたります。

主流のGISソフトであるArcGISやQGISはPythonを標準言語として組み込んでいるので、GIS業界のエンジニアにとってPythonは欠かせないスキルです。Webマップを動かすためのJavaScript、空間データベース(PostGISなど)の知識もよく求められます。

「届ける」マップ製作の仕事

GISで整理した情報を、最終的に紙やPDFのマップにして配布する仕事もあります。観光マップ、防災マップ、福祉マップ、子育てマップ。自治体の窓口で配られている地図類の多くは、こうした事業者の手によって作られています。

「データを地図にするだけでしょ」と思われるかもしれませんが、誰にどう届くかを設計する難しさがあります。お年寄りが読む防災マップと、観光客が見る観光マップでは、文字サイズも色使いも凡例の作り方もすべて違う。デザイン感覚と「読み手への配慮」が問われる仕事です。

現場で出会ったGIS業界の意外な多様性

ここから先は、私が取材で実際に感じたことを書きます。GIS業界の現場には、私が想像していなかった「人の多様性」がありました。

「黙々と精密に」が活きる職場

データ入力や図面のデジタイズの現場を見て最初に思ったのは、「これは集中して、正確に、長時間取り組む人の力が活きる仕事だな」ということです。営業のような瞬発力や、対人折衝のスキルとは少し違う種類の能力が求められます。

人事の世界では近年「ニューロダイバーシティ」という言葉がよく使われるようになりました。注意特性のばらつき、感覚特性の違い、得意・不得意の偏りを、組織の強みとして活かしていこうという考え方です。GISのデータ入力業務は、まさにこの「集中して精密に」が活きるタイプの仕事の代表例だと、現場を見て確信しました。

国際航業グループの特例子会社で見た風景

具体的な事例として、私が取材させていただいた会社を紹介させてください。

国際航業株式会社という、1947年創業の地理空間情報業界の老舗企業があります。航空写真測量から始まり、現在は空間計測、建設コンサルティング、システム・ソリューションまでをワンストップで提供する大手です。この国際航業の特例子会社にあたるのが、東京都府中市に本社を置く株式会社TDS(テーディーエス)という会社です。

TDSは1985年4月、東京都との共同出資で「重度障害者雇用モデル企業」として設立されました。2008年7月から国際航業の特例子会社となり、現在は親会社グループの一翼として、GISデータ処理を中心に担っています。

社員数や障害者雇用の内訳など、より詳しい情報に関心がある方は、株式会社T.D.Sの会社概要ページを一度のぞいてみてほしいです。私が取材時に印象的だったのは、社員46名のうち身体障害者17名・精神障害者15名の計32名が障害者という構成と、その全員が「企業の戦力」として地理情報のデータ作成や台帳整備、マップ製作などの業務に従事している点でした。

同社は2023年9月20日付で、厚生労働省の「もにす認定」(障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度)も取得しています。詳しくは国際航業の公式ニュースリリースに経緯がまとめられているので、興味のある方は確認してみてください。

雇用率を満たすためではない、戦力としての雇用

私がもっとも心を動かされたのは、この会社の障害者雇用が「法定雇用率を満たすための雇用」とは別次元だったことです。データ作成の品質をきちんと納期通りに出すために必要だから雇う。出してもらった成果物がそのまま国際航業グループの仕事として世に出ていく。スキル向上のためのキャリア面談もある。

これは、人事の人間として相当インパクトのある現場でした。「障害者雇用は社会貢献」という建付けで止まっている企業がまだ多い中で、「障害特性に合わせた業務設計をすれば、戦力として収益事業を回せる」ということを40年以上にわたって実証してきた会社が、ひっそりと府中市に存在している。GIS業界という、私には縁遠かった世界で、こんな実例に出会えたのは取材人生の財産だと思っています。

GIS業界の最新トピック:自治体DX、3D都市モデル、ドローン

業界の現在地と、これから何が起きそうかも整理しておきます。私が話を聞いたエンジニアの方々が、口をそろえて「ここ数年で景色が一気に変わった」と言っていたトピックを3つに絞りました。

PLATEAUと自治体DXの加速

最大のインパクトを与えているのが、国土交通省が主導する「Project PLATEAU(プラトー)」です。日本全国の都市を3Dデジタルツインとして整備し、オープンデータ化していくプロジェクトで、2020年度から始まっています。

PLATEAUのデータは、商用・非商用を問わず誰でも無料で使えます。これによって、自治体の都市計画はもちろん、災害シミュレーション、観光、まちづくりの市民参加、不動産業界の物件可視化など、地理空間情報を活用するシーンが一気に広がりました。プロジェクトの詳細は国土交通省PLATEAU公式サイトが網羅的なので、興味のある方はぜひ。

GIS業界の仕事という観点で見ると、3Dモデルを作成・更新する人、それを各自治体の業務に組み込む人、現場のニーズに合わせてアプリ化する人、と仕事の幅が立体的に広がりました。

ドローン×GISが変える測量現場

もう1つの大波がドローンです。先ほども触れましたが、土木・建築分野におけるドローンビジネスは2024年度に380億円規模となり、2030年度には619億円まで成長する見通しです。

ドローンで撮影した大量の空撮写真から3次元の地形モデルを起こし、それをGISに取り込んで設計や施工管理に使う。この一連の流れが「i-Construction」という国の政策とセットで標準化されました。測量会社の中には、現場経験ゼロから入社した若手にドローン操縦と画像解析を集中的に学ばせて、即戦力化している例も増えています。

第4期基本計画が示すこれからの方向

行政側の動きも見ておきます。先ほど触れた第4期「地理空間情報活用推進基本計画」では、過去のデータとリアルタイムデータを組み合わせた未来予測(シミュレーション)が、これからの利活用の中心になると明示されています。

これが意味するのは、GIS業界の仕事が「過去の状況を整理する仕事」から「未来を予測して提案する仕事」へとシフトしていくということです。データサイエンスや機械学習との接続が業界内で当たり前になりつつあり、ここ数年で求められるスキルセットがガラッと変わりました。

GIS業界で働くということ:人事担当者の視点から見えてきたこと

最後に、人事側の私が今後この業界に注目したいと思う理由を、3つの観点で整理します。これからGIS業界への転職や新卒就職を考えている方、自社で地理空間情報の活用を進めたい人事担当者の方の参考になればうれしいです。

求められるスキルは変わってきている

GIS業界というと、土木や測量の知識が必須のように見えますが、実態はもっと多様です。私が取材した範囲だけでも、こんな職種の方がいました。

  • 大学で地理学を学んだ伝統的なGISスペシャリスト
  • 情報系学部出身のソフトウェアエンジニア
  • グラフィックデザイナー出身でマップ製作を担うクリエイター
  • 文系出身でデータ入力からキャリアをスタートしてリーダーになった方
  • 元自治体職員で行政側のニーズを翻訳できるコンサルタント

GISソフトの基本操作はもちろん大事ですが、それ以上に「他分野の知識を地理情報につなげる橋渡し力」が高く評価される業界です。

「ものづくり」に近い手応えがある

これは取材時に何度も聞いた言葉です。GISの仕事は、目に見える成果物が必ず手元に残ります。自治体の道路台帳、避難所マップ、観光マップ、上下水道管路の管理システム。自分が関わったものが市民の暮らしの中で使われている、という実感を持てる仕事です。

「数字を眺めて意思決定するホワイトカラーの仕事より、ものづくりに近い手触りがある」とおっしゃるエンジニアの方が多かったのが印象的でした。SI業界やITコンサル業界で疲れてしまった方が、転職先としてGIS業界を選ぶケースも増えていると聞きます。

多様な人材を受け入れる土壌がある

私の専門領域から見ても、この業界は多様な人材を活かす素地が確実にあります。集中して精密に取り組む仕事から、現場を歩き回る仕事、デザインセンスが活きる仕事、システム設計の仕事まで、業務の幅が広い。特性の違いがそのまま「適性の違い」として活きる構造になっています。

先ほど紹介した株式会社TDSの事例は、その極端な好例ですが、決して特殊事例ではありません。中小の測量会社や地図製作会社が、定年延長や女性活躍、外国人材の受け入れに取り組んでいる事例も複数取材しました。今後、業界全体としてダイバーシティ経営のショーケースになり得る分野だと、私は本気で見ています。

まとめ

人事の人間が地理空間情報業界の現場をのぞいてみた記録、いかがでしたでしょうか。

私が学んだことを最後にもう一度整理しておきます。

  • GISは地図に情報を重ねる仕組みで、いまや国家戦略レベルの社会インフラ
  • 業界の仕事は測量、データ入力、システム開発、マップ製作の4領域に大きく分かれる
  • 「集中して精密に」が活きる仕事から、現場で体を動かす仕事まで、人材の多様性が活きる
  • PLATEAU、ドローン、リアルタイムデータ活用など、最新トピックも次々に登場している
  • 多様な人材を戦力にできる構造が業界内にすでにある

私はもともとGISのGの字も知らない人間でしたが、現場を取材して、ここで働く人たちの真摯さに何度も背筋を伸ばされました。ある特例子会社で、地図データを1ピクセル単位で確認しながら入力している社員のみなさんの集中力。ある測量会社で、ドローンの飛行ルートを念入りに事前確認しているベテラン技術者の慎重さ。ある自治体の若い職員が、住民への防災情報をどう届けるかをGISエンジニアと議論している光景。どれも、人事の現場では絶対に見られない景色でした。

地理空間情報の世界は、知れば知るほど深い。これから就職や転職を考えている方には、ぜひ業界の入口を一度のぞいてみることをおすすめします。ダイバーシティ推進に取り組む経営者・人事担当者の方には、GIS業界の中小企業の取り組みが大いに参考になるはずです。

私も引き続き取材を続けていきますので、もし読者のみなさんから「うちの会社のここを取材してほしい」「この業界のこんな話を聞きたい」というリクエストがあれば、ぜひお寄せください。