現場が止まる前に!建設プロジェクトに潜む見逃しがちなリスクとは

35年間、建設現場の最前線で働いてきた私には、忘れられない光景があります。

それは、震災直後の石巻の街を歩いたときのことです。
津波で破壊されたコンクリートの塊を見ながら、「頑丈に作ったはずなのに」と呟く職人の言葉が、今も耳に残っています。
私たちが「想定内」だと思っていたリスクが、実は氷山の一角に過ぎなかった。
そんな現実を、あの日突きつけられました。

建設現場には、図面や安全マニュアルには書かれていない「見逃しがちなリスク」が潜んでいます。
それは技術的な問題ではなく、人と人との間にある「目に見えない亀裂」から生まれるものです。
曖昧な役割分担、スケジュール最優先の判断、暗黙の了解に頼る作業手順—これらが重なったとき、現場は思いもよらない方向に向かってしまうのです。

この記事では、私がこれまで目の当たりにしてきた「現場が止まってしまう前兆」について、率直にお話しします。
若手の技術者や現場監督の皆さんには、少し耳の痛い話もあるかもしれません。
しかし、それこそが現場で働く私たちが、本当に向き合わなければならない課題だと考えています。

リスクは「管理できる」と思い込んでいないか?

多くの現場で、私はこんな言葉を耳にします。
「リスクアセスメントはちゃんとやっているから大丈夫」「安全管理計画も策定済みです」。
確かに、労働安全衛生法に基づくリスクアセスメントの実施は建設業にとって重要な取り組みです[1]。
しかし、書類上で「管理している」ことと、現場で実際に「コントロールできている」ことは、まったく別の問題なのです。

私が清水建設で担当した都市再開発プロジェクトでも、完璧に見えた計画が現場では通用しないケースを何度も経験しました。
理由は単純です。
計画を立てる人と、実際に作業する人の間に、埋めがたい「認識のギャップ」があったからです。

曖昧な役割分担が生む混乱

建設現場では、元請け、下請け、協力会社など複数の事業者が混在して作業を行います。
こうした重層請負構造では、各事業者による単独の安全管理だけでは不十分だと指摘されています[2]。
問題は、誰が何に責任を持つのかが曖昧になることです。

役割分担の曖昧さが引き起こす典型的な問題:

  • 責任の所在不明:事故発生時に「私の担当ではない」という責任逃れが発生
  • 指示系統の混乱:複数の監督者から異なる指示が飛び、作業員が困惑
  • 安全管理の空白:「誰かがやっているだろう」という思い込みで対策が漏れる
  • 情報共有の欠如:変更事項や危険情報が関係者全員に伝わらない

私が経験した現場では、足場の解体作業中に上下作業の調整が取れず、落下物で作業員が怪我をしたケースがありました。
元請けは「下請けの責任」、下請けは「指示が不明確だった」と言い争いになりましたが、結局のところ、役割分担が明確でなかったことが根本原因でした。

スケジュール優先の弊害

工期に追われる現場では、「安全よりもスケジュール」という判断が下されがちです。
これは建設業界の構造的な問題でもあります。
遅延による損害の大きさを考えると、現場監督としても「今日は少しくらい無理をしても」という誘惑に駆られることがあります。

しかし、スケジュール優先の判断は、必ずどこかで大きなしっぺ返しを受けます。
安全教育の時間を削ったり、危険予知活動を形式的に済ませたりした現場で、重大な事故が発生するのを何度も見てきました。
実際に、業務時間の確保を優先してしまい、安全教育や注意事項の共有がおざなりになりやすいという課題が指摘されています[3]。

短期的な効率と長期的な安全性のバランスを取ることは、現場監督の最も重要な判断の一つです。
しかし、そのバランス感覚は、一朝一夕では身につきません。

「いつもの手順」が事故を呼ぶ

暗黙知に頼る危うさ

ベテランの職人ほど、「感覚」や「経験」に頼った作業を行います。
これ自体は悪いことではありません。
長年培った技術や判断力は、まさに職人の誇りそのものです。
しかし、その暗黙知が若手に正しく伝承されないとき、現場には大きなリスクが生まれます。

暗黙知とは、感覚や経験によって習得した知識で言語化が難しいものを指し、一方で形式知は、言葉や図などで表現できる知識のことです。
多くの建設現場では、ベテランが持つ重要な安全ノウハウが暗黙知のままとなっており、若手への技能・安全ノウハウの継承が進んでいないという課題があります。

私自身、若い頃にベテランの職長から「なんとなくわかるだろう」と言われて困った経験があります。
その「なんとなく」の中に、実は事故を防ぐための重要な知識が隠されていたのですが、当時の私には理解できませんでした。

現在では、このような暗黙知を形式知化(文書化・マニュアル化)することの重要性が認識されています。
しかし、多くの現場ではまだまだ「見て覚えろ」「背中を見て学べ」という指導が主流です。

書類に現れない”現場の温度差”

安全管理計画や作業手順書がいくら完璧でも、それを実行する「人」に問題があれば、すべてが水の泡になります。
現場で最も見逃しがちなリスクは、実は人と人との間にある「温度差」なのです。

現場と本社の認識ギャップ

本社の安全管理部門が作成した安全管理計画と、現場の実情には大きな乖離があることがほとんどです。
本社側は「完璧な計画を立てた」と満足し、現場側は「現実的でない計画だ」と不満を抱く。
この構図が続く限り、真の安全管理は実現できません。

私が担当したあるプロジェクトでは、本社から「毎日1時間の安全教育を実施せよ」という指示が来ました。
しかし、実際の現場では天候の関係で作業時間が限られており、1時間の教育時間を確保することは現実的ではありませんでした。
結果として、形式的な15分の朝礼だけで「安全教育実施済み」として報告する状況が続きました。

現場と本社の認識ギャップを埋めるために必要なこと:

  • 定期的な現場訪問:本社の担当者が実際の作業環境を理解する
  • 双方向のコミュニケーション:現場からの改善提案を積極的に受け入れる
  • 現実的な計画策定:机上の理論ではなく、実行可能な内容にする
  • 継続的な見直し:計画と実績の差異を分析し、改善を図る

協力会社との信頼関係のほつれ

建設現場は、多くの協力会社によって成り立っています。
元請けと協力会社、協力会社同士の信頼関係が崩れると、安全管理にも大きな影響が出ます。

信頼関係が悪化する典型的なパターンは、「上から目線の指示」と「一方的な責任転嫁」です。
協力会社の職人たちも、プロとしての誇りを持って仕事をしています。
その誇りを傷つけるような接し方をすれば、表面的には従っているように見えても、心の中では反発を感じています。

私は現場監督として、協力会社の職長とは必ず対等な立場で話すように心がけてきました。
「お疲れ様です」という挨拶から始まり、作業の進捗や課題について率直に意見交換をする。
時には厳しいことも言わなければなりませんが、それも相手への敬意を示した上でのことです。

若手とベテランの安全意識の違い

現場では、世代間の安全意識の差が大きな問題となることがあります。
ベテランの中には「安全対策は面倒だから、現場ではなく安全担当だけでやればいい」「今までもそんなに事故は起きていないよ」といった考えが根付いてしまっているケースがあります。

一方で、若手は危険に対する認識が薄く、経験不足による危険回避能力の不足という課題を抱えています。
新入社員や若手社員には、職場の危険への認識が薄いことを自覚し、自ら危険を回避し安全な作業を身につけることが必要とされています。

この両者の間に立つ現場監督は、まさに板挟み状態です。
ベテランには「時代は変わった」ことを理解してもらい、若手には「なぜ安全が重要なのか」を体験を通じて教える必要があります。

災害とトラブルから学んだこと

東日本大震災から得た教訓

2011年3月11日、私は故郷の石巻にいました。
震災後、復興工事に携わる中で、私は多くのことを学びました。
最も印象的だったのは、「想定外」という言葉の重さです。

震災前、私たちは「設計基準を満たしていれば安全」だと信じていました。
しかし、自然の力は私たちの想像をはるかに超えていました。
このとき気づいたのは、真のリスク管理とは「想定外を想定する」ことだということです。

復興工事では、従来の工法や基準では対応できない状況が次々と発生しました。
地盤の状況、資材の調達、作業員の確保—すべてが「想定外」でした。
しかし、現場の職人たちは持ち前の経験と知恵で、その都度解決策を見つけ出していきました。

震災から学んだリスク管理の教訓:

  • 最悪のシナリオを常に考える:「まさか」が起こることを前提とした計画づくり
  • 柔軟性の確保:状況の変化に応じて計画を修正できる体制の構築
  • 現場の知恵の尊重:マニュアルにない状況での職人の判断力を信頼する
  • 継続的な情報共有:刻一刻と変わる状況を関係者全員で共有する

小さな異変に気づく「感覚」の鍛え方

長年現場にいると、「何かがおかしい」という感覚が働くようになります。
音、匂い、空気の流れ、職人の表情—些細な変化から、大きなトラブルの予兆を察知することができるのです。

この感覚は、一朝一夕では身につきません。
毎日現場を歩き、五感を研ぎ澄ませ、常に周囲の状況に注意を払う。
そうした積み重ねの中で、少しずつ養われていくものです。

私が若手に必ず教えるのは、「現場の空気を読む」ことの大切さです。
職人同士の会話、機械の音、作業のリズム—これらすべてから、現場の「健康状態」を判断することができます。
例えば、普段は冗談を言い合っている職人たちが妙に静かだったり、機械の音がいつもと違ったりするときは、必ず何か問題が起きています。

緊急時の意思決定とリーダーの責任

現場でトラブルが発生したとき、現場監督には迅速で的確な判断が求められます。
しかし、プレッシャーの中で正しい判断を下すのは簡単ではありません。

私が心がけているのは、「人命最優先」という原則を絶対に曲げないことです。
どんなに工期が迫っていても、どんなにコストがかかっても、作業員の安全以上に大切なものはありません。
この原則があるからこそ、迷ったときでも判断に迷うことがないのです。

また、緊急時こそ、現場全体のコミュニケーションが重要になります。
情報の錯綜や指示の混乱は、二次災害を引き起こす可能性があります。
私は緊急時の連絡体制を事前に明確にし、定期的に訓練を実施するようにしています。

今日からできる!リスク低減の実践術

朝礼・KY活動の再定義

多くの現場で実施されている朝礼やKY(危険予知)活動ですが、形式化してしまっているケースが少なくありません。
「今日も安全に作業しましょう」という掛け声だけで終わってしまっては、本来の意味がありません。

私が推奨するのは、「具体的な危険」に焦点を当てた朝礼です。
「今日の作業で最も危険だと思うことは何ですか?」「その対策はどうしますか?」という質問を投げかけ、作業員一人ひとりに考えてもらいます。

効果的なKY活動のポイント:

  • 具体的な作業内容:その日行う作業に特化した危険の洗い出し
  • 全員参加:ベテランから新人まで、必ず発言の機会を作る
  • 過去の事例活用:ヒヤリハット事例や類似事故の共有
  • 対策の明確化:「気をつける」ではなく具体的な行動を決める

図面では伝わらない”空気”の共有方法

現場の「空気」や「雰囲気」は、図面や仕様書には書かれていない重要な情報です。
この情報を共有するためには、言葉以外のコミュニケーション手段も活用する必要があります。

私が実践しているのは、「現場ウォーク」という方法です。
新しく現場に入る作業員には、必ず私が同行して現場内を歩き回ります。
その際、技術的な説明だけでなく、「この場所では過去にこんなことがあった」「この作業をするときは特に注意が必要」といった「現場の記憶」を共有します。

また、写真やビデオを活用した情報共有も効果的です。
危険箇所や注意点を撮影し、朝礼で上映することで、視覚的に情報を伝えることができます。

「現場を歩く」ことの価値

書類よりも現場を信じよ

デスクワークが増える現代の現場監督ですが、私は「現場を歩く」ことの価値を強く信じています。
書類上では問題なくても、実際の現場では思わぬリスクが潜んでいることがあります。

現場を歩くときのポイントは、「目的を持って歩く」ことです。
ただ漫然と歩いても、見えるものは限られています。
「今日は安全設備をチェックしよう」「職人の表情を観察しよう」といった具体的な目的を持つことで、見えてくるものが変わります。

私は毎朝必ず現場を一周し、その日の「現場の健康状態」をチェックしています。
機械の音、職人の動き、整理整頓の状況—これらすべてから、その日の現場のコンディションを判断します。
長年の経験で、「今日は何かが起こりそうだ」という予感が働くようになりました。
そんなときは、いつも以上に注意深く現場を見回り、必要に応じて作業の調整を行います。

現場監督として最も大切なのは、現場の「生きた情報」を肌で感じることです。
それは書類からは決して得られない、現場にいる人間だけが感じ取れる貴重な情報なのです。

若手現場監督へのメッセージ

経験がないことを恐れなくていい

若い現場監督の皆さんからよく聞く悩みは、「経験がないので不安です」という言葉です。
確かに、経験は重要です。
しかし、経験がないことを恐れる必要はありません。
なぜなら、新鮮な目で現場を見ることができるのは、経験の浅い人の特権だからです。

私たちベテランは、どうしても「慣れ」や「思い込み」で現場を見てしまいがちです。
一方、経験の浅い人は、すべてを疑問に思い、なぜそうするのかを考えます。
その視点こそが、現場に潜むリスクを発見する鍵となることがあります。

震災の復興工事では、若い技術者のアイデアが大いに役立ちました。
従来の方法に固執せず、新しい技術や手法を積極的に取り入れることで、効率的で安全な工事を実現することができました。

「なぜそうするか」を問い続ける力

現場では、「昔からこうやっている」「いつものやり方だ」という言葉をよく耳にします。
しかし、若手の皆さんには、その「当たり前」を疑う勇気を持ってもらいたいと思います。

「なぜその手順なのですか?」「もっと安全な方法はありませんか?」—こうした質問は、時としてベテランには煙たがられるかもしれません。
しかし、その質問こそが現場の安全性を向上させる原動力となります。

若手が持つべき「問いかける力」:

  • 手順の根拠を確認:なぜその作業手順になったのか歴史を理解する
  • リスクの再評価:現在の状況に照らして危険性を再検討する
  • 改善案の提案:より安全で効率的な方法を積極的に提案する
  • 継続的な学習:新しい技術や手法を常に学び続ける

私自身、若い頃に先輩から「なんでそんなことを聞くんだ」と怒られたことがあります。
しかし、その疑問を持ち続けたおかげで、後に大きな事故を未然に防ぐことができました。
疑問を持つことは、決して悪いことではありません。

ベテランとの対話を恐れずに

現場には、長年の経験を積んだベテランの職人や技術者がいます。
彼らの持つ知識や技術は、まさに現場の財産です。
しかし、その知識を引き出すためには、適切なコミュニケーションが必要です。

ベテランとの対話で大切なのは、「教えてもらう」という謙虚な姿勢です。
「この作業のコツを教えてください」「なぜこの方法が良いのですか」といった具体的な質問をすることで、彼らの豊富な経験を学ぶことができます。

一方で、新しい技術や手法についても積極的に情報共有することが大切です。
「こんな新しい安全器具があります」「このソフトウェアを使えば効率化できます」といった提案を通じて、現場全体のレベルアップに貢献することができます。

世代を超えた知識の共有こそが、現場の安全性と生産性を両立させる鍵となるのです。

まとめ

35年間の現場経験を通じて、私が確信していることがあります。
それは、現場を止めるリスクの大部分は、技術的な問題ではなく「人」の問題だということです。

曖昧な役割分担、スケジュール優先の判断、暗黙知への過度な依存、世代間の認識格差—これらはすべて「人と人との関係」から生まれる問題です。
逆に言えば、これらの問題は「人」の意識と行動を変えることで解決できるのです。

現場を止めないために必要な視点:

  • 責任の明確化:誰が何に責任を持つのかを明確にする
  • 継続的な対話:現場と本社、元請けと協力会社、ベテランと若手の対話を促進する
  • 形式知化の推進:ベテランの暗黙知を誰もが理解できる形に変換する
  • 予兆の察知:小さな変化から大きなリスクを予測する感覚を養う

技術は日々進歩し、新しい工法や機械が現場に導入されています。
しかし、どんなに技術が進歩しても、現場で働くのは「人」です。
その人たちが安全に、誇りを持って仕事ができる環境を作ることこそが、現場監督の最も重要な責務だと私は考えています。

若手の皆さんには、ぜひ現場に「地に足をつけた目」を向けてもらいたいと思います。
書類や数字だけでは見えない、現場の生きた声に耳を傾けてください。
そして、ベテランの皆さんには、その豊富な経験を次の世代に伝える責任があることを忘れないでいただきたいのです。

現場で働くすべての人が、「この現場で働けて良かった」と思える環境を作ること。
それが私たち現場監督の使命であり、現場を止めない最大の秘訣なのです。

なお、建設業界では近年、DXの導入により業務効率化や安全管理の向上を図る企業が増えています。
特に、BRANU採用チームが推進する建設DXプラットフォームのような取り組みは、若手技術者にとって新しいキャリアの可能性を示しています。
技術と現場経験の両方を活かせる環境で働くことも、これからの建設業界では重要な選択肢の一つとなるでしょう。

参考文献

[1] 建設業におけるリスクアセスメントのすすめ方:職場のあんぜんサイト

[2] 建設業のリスクアセスメントの実施|(一財)中小建設業特別教育協会

[3] 建設現場における安全管理とは?事故を防ぐ12の方法と導入事例|お役立ちコラム|サトー